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日本の研究チームによる最新の研究で、非常に注目すべき発見がありました。日本人の大腸がん患者を対象とした研究において、約半数の症例から「特定の腸内細菌(大腸菌)が産生する毒素」に起因するDNA損傷の痕跡が確認されたのです。
この毒素はコリバクチン(Colibactin)と呼ばれています。
本研究は、東京大学や大阪大学などの共同研究チームが東京および大阪の大腸がん患者200名を対象に実施したもので、2026年8月10日付の国際科学誌『Nature Genetics』に掲載されました。
私たちの腸内には、膨大な数の細菌からなる生態系(腸内細菌叢・腸内フローラ)が存在しています。その多くは人体と共生しており、健康に良い役割を果たしています。
しかし、pks+ 大腸菌(pks+ E. coli)と呼ばれる特定の菌株は、遺伝毒性を持つコリバクチンを産生する能力を持っています。コリバクチンが大腸の粘膜細胞に接触すると、以下のようなプロセスが起こります。
DNA損傷 → 遺伝子変異の発生 → 細胞増殖を制御する重要遺伝子への変異蓄積 → 大腸がんの発症リスク増加
興味深いことに、コリバクチンによって引き起こされたDNA損傷は、「変異シグネチャー(Mutational Signature)」と呼ばれる特徴的な痕跡をDNA上に残します。
例えるなら、警察の鑑識捜査において「指紋」を頼りに現場に誰がいたかを特定するようなものです。科学者たちはDNAに残された特徴的な損傷パターンを見ることで、「過去にどのような要因が細胞に作用したか」を推測することができます。
研究チームが日本人大腸がん患者200名の全ゲノム解析を行ったところ、44.8%の症例でコリバクチンに関連する変異シグネチャーが確認されました。
さらに重要な点として、この変異はAPC、BRAF、TP53といった大腸がんの発生に極めて重要な遺伝子上で見つかりました。中でもAPC遺伝子は細胞増殖を抑えるがん抑制遺伝子であり、正常粘膜からポリープ、そしてがんへと進展するごく初期の段階で変異が起こることが知られています。
APCなどの重要遺伝子からコリバクチンの痕跡が検出されたことは、「腸内細菌が単にがんに併存しているだけでなく、その毒素ががん化を引き起こす直接的な遺伝子変異に関与している可能性」を示す重要な証拠となります。
研究チームが特に注目したのが、40歳未満で大腸がんを発症したグループです。このグループでは約70%にコリバクチンの変異シグネチャーが認められました。
また、1965年以降に生まれた世代の患者において、この痕跡が高頻度で現れることも分かっています。さらに変異が形成された時期の解析から、一部の症例ではAPC遺伝子の最初の異常が10歳未満の段階で発生していた可能性が示唆されました。
この結果から、一つの重大な仮説が浮き彫りになります。
「コリバクチン産生菌の一部は小児期から腸内に定着している可能性があり、数十年かけて大腸細胞のDNA損傷と変異が蓄積した結果、成人後にがんへ進展するのではないか」
※ただし、この研究は「この菌を持っていれば必ずがんになる」という意味でも、「日本人の約半数ががんの原因菌を持っている」という意味でもありません。44.8%という数値は、大腸がん患者のグループ内における割合です。大腸がんは年齢、遺伝、食事、喫煙、飲酒、肥満、運動不足、大腸疾患など、多くの要因が複雑に絡み合って発症する多因子的疾患です。
日本では過去数十年間にわたり、大腸がんの罹患数が大きく増加してきました。従来、この増加は食生活の欧米化やライフスタイルの変化が主因と説明されてきました。
しかし今回の発見は、腸内細菌叢(腸内フローラ)がもう一つの重要なジグソーパズルのピースである可能性を示しています。
大阪大学の谷内田真一教授は、「1960年代から1970年代にかけて日本で抗菌薬(抗生物質)の使用が急増したことが、腸内細菌叢のバランスに影響を与えたのではないか」という仮説を提示しています。ただし、これは今後の検証が必要な研究仮説であり、「抗生物質の使用が直接の原因である」と結論付けられたわけではありません。研究チームは現在も、なぜ日本人患者においてコリバクチンの痕跡が高頻度で見られるのか、解明を進めています。
本研究の最も期待される応用先が「がん予防」への活用です。
現在、ピロリ菌(Helicobacter pylori)が胃がんの主要な原因であることは広く知られており、ピロリ菌の検査と除菌治療は胃がんリスク管理の標準的な手段となっています。
研究者たちは、将来的にコリバクチン産生大腸菌に対しても同様のアプローチが可能になると期待しています。
リスク菌の保有者を検出 → がんリスクの評価 → 菌の除去・制御方法の研究 → 便検査や検診との組み合わせによる早期発見
ただし現時点では、個人でコリバクチンの検査を受けたり、予防のために「除菌薬」を服用したりできる段階ではありません。検査法、リスク評価、予防的介入の方法については今後の研究課題です。自己判断で抗生物質を服用することは絶対に避けてください。不適切な抗生物質の使用は腸内環境を乱し、薬剤耐性菌を生み出す危険性があります。
大腸がんは、ポリープなどの前がん病変を早期に発見・処置することで予防や早期治療が可能な病気です。腹痛、血便、排便習慣の変化、体重減少などの症状が現れるまで待ってはいけません。
日本に住むベトナム人の皆さんは、日本の健康診断やがん検診を積極的に活用しましょう。
将来的には、コリバクチン産生菌を検出する便検査や、腸内環境を整えてがんを予防する新しい医療が登場するかもしれません。
しかし現時点で最も確実で実践的な予防策は、「定期検診を受ける」「便潜血陽性を放置しない」「指示されたスケジュールで大腸内視鏡検査を受ける」という基本を徹底することです。
日本で暮らす私たちにとって、日本の充実した医療・検診システムを正しく理解し活用することこそが、自分自身と家族の健康を長期的に守る最も効果的な方法です。